小耳症とは
単に耳が小さい(あるいは欠損する)だけでなく、耳の穴がふさがり聴力低下があったり、顔面が小耳症の側だけ小さくなったり、顔を動かす顔面神経が麻痺して眉毛が下がり目の開き方に左右差が出たりと、多彩な症状を示します。これらの事象は、小耳症がもともと胎生期における第一第二鰓弓の発達障害に起因するからです。第一第二鰓弓は主に顔面の基となる部位です。ここの問題なので耳だけでなく、顔の骨や神経にも影響が出てくるのです。顔面は耳や眼、鼻、顔の骨といった複数の要素で構成されています。これを耳、顔の骨と別個に治療したのでは、相互の位置関係が狂ったり、一か所が皮膚を引っ張りすぎて他の 部位の治療が行いにくくなったりします。即ち、全ての治療を開始する前から一連の治療全体を俯瞰的に見て治療計画を立て、一貫した治療を行う必要があります。当院での小耳症の治療はコンピューターに支援された形成外科手術を関連の病院(若葉病院小耳症センター、一宮市民病院耳鼻咽喉科、さくら美容外科、ゆりクリニック名古屋東)と連携して治療を行います。
Ⅲ度小耳症(耳垂型)
再建例
Ⅱ度小耳症(耳甲介型)
再建例
Ⅲ度小耳症(耳垂型)
再建例
小耳症の分類
第1度
耳の正常な形がかなり残っているもの。
下の写真では耳介のひだの一部(対耳輪)が欠損し全体的に健常側と比べ小さくなっています。
外耳道は閉鎖しています。
第2度
耳の形が一部残っているもの。
下の写真では耳介の上半分が欠損しています。耳の穴の入り口(耳甲介窩)が小さくなっています。
外耳道は閉鎖しています。
第3度
単に皮膚と軟骨が残っているのみで耳の形を成していないもの。
下の写真はピーナッツ型といい、一番多く見られるタイプです。
無耳症
耳介を欠くものです。
下の写真は顔の頬の骨の一部も欠損しており大きなしわとなっていますが、耳介はほとんど残存していません。
小耳症の症状
小耳症の症状としては
A.耳介が小さい。
B.耳の穴(外耳道)が閉鎖している。
そのため空気を通しての音の伝達ができず耳の聞こえが悪い(難聴)。
C.顔の骨の低形成。
耳が小さい側の上あごと下あごの骨が小さくなります。
などが代表的なものです。
胎児が母親のおなかの中にいるとき、耳介やあごはちょうど魚のえらに当たる第1鰓弓と第2鰓弓という部分が癒合して形成されます。
小耳症はこの第1鰓弓と第2鰓弓の癒合に何らかの障害が生じておこるものと考えられています。
顔の骨の発育が悪かったり、中耳の音を伝える部分が欠損したりするのも発生の基となる部分が同一だからです。
そのほか比較的よくみられる症状としては顔の表情を作る神経(顔面神経)の動きが弱く眉毛や口の位置が片方だけ下がっていたり眼瞼がきちんと閉じなかったりすることがあります。
他の先天的な病気と合併することも時々あり、耳だけでなく心臓など全身のチェックをする必要があります。
頻度
欧米では小耳症の発生頻度は12,500人に1人という報告(Conway&Wagner)から7,000~8,000人に1人というデータまで報告されています。人種によって差があり日本ではこの数字よりやや多く発生するのではないかといわれています。右側の発生がやや多いですが、両方の耳に症状がでる人も10%程度あります。男女比では男性にやや多く発生します。
小耳症の人の次の世代(つまりお子さんということです)がどのくらいの頻度で小耳症になるかは家族にとって気になる問題です。現在言われているのは数%という数字です。この発生率を高いと見るか低いと見るかは個人の見解により分かれるところですが、小耳症自体は決して致命的な疾病ではありませんし、数%の発生率ということは逆に言えば90%以上は大丈夫ということです。
治療法
小耳症の根本的な治療は手術をするということです。
シリコンで作った作り物の耳をつけることは可能ですが、入れ歯と同じで頭部にいかに固定するかが問題となります。
また作り物の耳では皮膚の色調も自然光や電灯の種類によって周囲の皮膚と異なってくるし、周囲皮膚との境界部分が不自然になるなど解決すべき問題がたくさんあります。
火傷で耳が融け、周囲の皮膚も焼け爛れて利用できない人などが適応ですが、良好な皮膚が利用でき、ある程度きれいな耳が再建できる小耳症の方にはあまり適応はありません。
手術治療は16世紀以来様々な術式が試みられてきました。現在の方法は1958年にConverseが、1959年にはTanzerが発表した肋軟骨を3本使用する方法に元づいています。
Tanzerの方法は肋軟骨で耳介のフレームを作製し側頭部の皮下に埋め込み、数ヶ月後に移植した耳介フレームと皮膚を立たせて耳介後面と側頭部に植皮します。この後、耳の穴のくぼみを造る手術をします。
Tanzerはこの手術を初めは6回に分けて行っていました。皮膚も体のあちこちから取ることになり、患者さんにとっては負担がある治療でしたが、形の良い耳介ができると云うことは画期的でした。現在行われている術式は全てこのTanzerの方法から発展したものだと言っても過言ではありません。
小耳症など耳介の再建は、耳介が顔面露出部に位置するので、良好な皮膚の色や質感が求められます。Tanzerに始まる従来の術式は、いずれも大きな植皮を要することが問題でした。
従来法の問題点は以下の通りです。
1. 耳介後面に植被が必要で、その植皮を取るために鼠径部に大きな傷跡が残る。
植皮は術後拘縮する傾向があるので、術後耳介が植皮の拘縮に伴い変形する。
また耳介の聳立(耳の頭に対する立ち角度)も、術後の植皮拘縮により経時的に変化して、左右非対称となる。
耳介後面に植皮をすると、植皮は本来の耳介部の皮膚の色や質感と異なり、また植皮は色素沈着もしやすいので、耳介前面と後面で色調質感の異なる“2トーンカラー”の耳になってしまう。
2. 第一期目の手術として軟骨フレームを側頭部の皮膚ポケットに挿入しなくてはならず、そのため、軟骨フレームは平面的にならざるを得ない。実際の耳介は三次元的には厚みのある複雑な形態であるが、それを再現できない。
耳介は人によって個性的な形態をしているが、画一的な平面的フレームでは、健常側の耳と明らかに違う形となる。
3. Brent-Nagata法では、耳の前にある耳珠と耳たぶ(耳垂)が連結しているので、耳垂から耳珠が土手のようになる。耳介の聳立が変わると耳珠の位置まで変わってしまい違和感のある耳となる。
従来の術式は、どれも側頭部に軟骨フレームを埋め込み、植皮をすることに変わりはありません。
この事が技術的に大きな欠点となっているのです。
これに対してTissue expander(組織拡張器)を用いて側頭部の皮膚を伸ばして軟骨フレームを覆う術式は、側頭部の皮膚で耳介軟骨フレームを覆い、真空パックを蒸着させるように薄く血の通った皮膚に陰圧をかけて軟骨フレームに吸着させるので、立体的なフレームをその形態のまま覆うことができます。また植皮を用いないので術後の拘縮も極めて軽微です。
小耳症などの耳介再建で重要な点は、以下の三点です。
1)耳介の輪郭がスムースで左右対称に聳立していること。
2)耳輪と対耳輪の二本の影{=舟状窩(耳の外側のみぞ)、耳甲介窩(耳の穴)}がはっきり見えること。
3)皮膚の自然な色調・質感。
解剖学的な細かなディテールも重要ですが、前記の要点をみたしていれば、通常、人はほぼ満足な耳介と認識します。
この要点のうち、前二者は主として肋軟骨のフレーム・ワークの問題であり、後の一つが皮膚再建材料の問題です。しかし前者についても充分な耳介聳立や舟状窩・耳甲介窩といった凹面まで被覆しうる広い皮膚組織量を得ることは再建材料としての大きな課題です。
現在私たちの施設では、Tissue expander(組織拡張器)というシリコンでできた風船を本来耳のあるべき所の皮膚の下に挿入し、4~6ヶ月かけて皮膚を伸ばして耳を再建しています。ちょうど妊婦さんのお腹がふくらむように、ゆっくり皮膚を伸ばしていくわけです。この伸びた皮膚を利用するので、他の部位の犠牲が少なくてすみます。また同じところの皮膚ですので、他から持ってきた皮膚と異なり色や質感が自然です。
耳介再建にTissue Expanderを用いる術式に対する大きな誤解は、耳介部の皮膚を拡張すると云う事です。実際には耳介部の皮膚よりは上方の側頭部の皮膚を拡張して用います。
耳を作るためには、耳の表裏と側頭部で耳の面積の三倍が必要となります。実際には凹凸がありますから、耳の面積の5倍程度の皮膚が必要となります。この点だけでも、従来の術式は皮膚量が圧倒的に不足しており、平面的な耳にならざるを得なかった理由が分かります。
側頭部の皮膚をTissue Expanderで広く拡張し、必要な部位の毛髪をレーザー脱毛して用いることで、この必要量の皮弁が獲得できます。
Tissue expanderを耳介再建に用いる利点は、皮膚の良好な質感・色調が得られることとともに、若年者の体の他の部位に侵襲を加えなくてもよい点です。側頭部の血管(浅側頭動脈)を栄養血管として利用する頭皮の膜(帽状腱膜)で軟骨フレームを覆う術式と比べても、耳の再建のために頭皮の重要な栄養血管を犠牲にすることはありません。
この浅側頭動脈は、外耳道が閉鎖して聴力障害のある患者さんに外耳道と鼓膜を再建する手術(別項にて後述します)に使用します。そのため耳介を形成する手術で浅側頭動脈(帽状腱膜を栄養する血管)を犠牲することは、その後の治療に大きな制約となります。Tissue expanderを用いる耳介形成は、この重要な血管を温存することができる大きな利点があります。
またTissue expanderという異物が入っていたことによるcapsular formation(カプセルという保護被膜の形成)により血流が補強され、切開線が少ないので周囲からの血流を阻害されない点も大きな利点です。
欠点としてexpandする期間の長さと、expanderの露出の危険性、拡張した皮膚の後戻り、頭髪の処理です。
expandする期間の大半は、あまり拡張器の大きさは目立ちません。妊婦さんのお腹も妊娠前半は目立たないのと同じです。多くの場合毛髪で拡張部を覆っており、Tissue Expanderもゆっくり拡張しているので、周囲の人も慣れてしまい、あまり問題となることはありません。
拡張した皮膚の後戻りは、組織量が少なく皮弁の緊張が強い例では起こりえますが、充分な組織量の皮弁を持ち込み、また皮弁の形態を工夫することで(橋状皮弁の前後に三角弁を付随させ効率的に組織量を移行)で劇的に改善しました。
頭髪の処理はレーザー脱毛を行います。脱毛範囲の皮膚はTissue Expandにより薄くなっているので毛根が透けて見え、より効率的にレーザー脱毛が可能になります。レーザー照射の際には、エムラクリームを用いて表在麻酔して痛みを取って行います。